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| 竹細工 猪俣民平さん(76) 瑞穂町 |
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| 竹細工の中でも農具や生活用品として使われているかごやざる等は、時代とともに用具が変わり、職人もまた減り続けて、今では希少的存在になりつつある。 猪俣民平さんは家業を継ぐ2代目で、いま76歳。瑞穂町の商店街通りに猪俣竹細工店を営む。作っている品物は肥ざる、背負いかご、いもむしり腰びく、鮎の釣びく、いけ花の小かご、熊手などのかご類が中心。もちろん弟子はいない。かご類や材料を無造作に置いてある作業場で、もくもくと熊手を作っている最中だった。 かつては町中だけでも4軒あった。つい最近までもう1人いたが、85歳という高齢から仕事ができなくなり、ついに自分1人になってしまった。近隣の青梅、福生、羽村、八王子、入間の都市部ではほとんど消息を聞かない。かろうじて秋川市に、会社務めをしながらの職人がいるくらいだという。 昭和35年ごろまでの西多摩地域には青梅に6軒、福生3軒、羽村2軒、あきる野7軒、瑞穂に4軒と、まだ竹細工が盛んだった。農家が減り、お茶の機械摘みなど普及したため、かご類の需要が先細りになると同時に、青梅市にあった竹細工組合も解散してしまった。 往時は、朝6時ころから仕事にかかり、夕食後に夜なべで作っても仕事に追われた。リヤカーを引っ張り、青梅まで竹の切り出しに出かけたと、昔を懐しむ。竹細工の仕事は、竹を切り割りして、材料づくりから製品にするまで、一人前の職人になるには10年もかかった。注文品によっては大きさ、編み方の指定や、ざる、かごのふちどりに藤づるを使ったりで、1日に3個作るのがやっと。 今では1個ほどで、注文のないときには売れ筋のものを作って置くという。 手作りで丹精を込めて作るから、ものによっては一代以上も使えるという。最近になり花や生花のかご、高齢者事業団の活用等で新しい需要が増え始めた。 大正5年に創業した竹細工店を継ぐ。徴用、軍隊生活のあと家業を再開し、35年間を竹細工一筋に打ち込む。父のうしろ姿をみて育った長男はサラリーマン。今になり、腕の使いすぎのせいか、肩に痛みを覚えるようになった。 元気な間は、まだまだ仕事を続けていたい、という言葉の中に、後継者が絶える一抹の淋しさを感じた。 猪俣竹細工店 西多摩郡瑞穂町箱根ケ崎5-183 TEL:042-557-0653 (取材担当・西多摩新聞社)
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