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| 傘を作って、修理して50年 傘職人 鎌田智子さん(72) 三鷹市 |
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| 今や傘は百円ショップでも手に入り、使い捨てにされるような時代になった。そんな中で鎌田智子さんは昭和28年から変わることなく、傘を作り続け、三鷹駅近くで小さな傘専門店を営んできた。お客のオーダーに応じて、雨傘や日傘を作る。傘生地の張替えに修理と、傘のことなら何でもおまかせ、どんな細かいことにでも対応している。 終戦後、両国で傘職人の修業を積んだ。師匠の厳しい指導には泣かされたが、それゆえきちっとした仕事を学んだ。普通は修業に10年かかるところを23歳で独立。現在のさくら通り店の向かいに店を開いた。モノのない当時のこと、雨の降る1週間前後は傘の修理が山のように持ち込まれたそうだ。「昼ごはんはいつも3時頃、指のマメがつぶれるくらいで、雨を恨めしく思いましたね」。傘は修理して使うのが当たり前だった頃を経て、中国などで作られた安価な傘が出回るようになる。そして傘職人と呼ばれる人の数が減っていった。現在は鎌田さんのように1本の傘を仕上げられる職人、まして女性は極めて少ない。
店内は仕入れた傘(国産品)、鎌田さんの手作り傘などが色とりどりに並ぶ。修理済みの傘も箱の中で引き取り待ち。店舗の奥が作業場だ。生地を裁断する台と大小のミシンが2台。6畳にも満たないような空間から次々にオリジナルの傘が生まれ、壊れた傘が甦っている。傘作りは生地を三角形の木枠の型を使って通常8枚裁ち、バイアスに裁った二等辺の部分を2枚重ねて、専用ミシンで縫い合せる。この作業が最も技術を要し出来ばえを左右する。露先(雫が落ちる先端)を取り付け、生地を骨にとじつける。複雑な工程ではないが、熟練を要する細かい手仕事だ。「素直な気持ちでやっていると、いい仕事ができますね。心にひっかかるものがあると、何回もやり直さなきゃならないんです」。長年の地道な仕事ぶりに人々の厚い信頼を得、平成9年には三鷹市の技能功労者表彰を受けた。最近は刺繍や染めなどの教室から注文が舞い込む。「自分がデザインした布でマイパラソルを」と千葉や山梨からも。その丹精込めた仕事の見事さに礼状が届くとき、鎌田さんの顔がほころぶ。「街を歩いていても、人の着ている服を見て『あの柄、傘によさそう』と何でも傘に結びつけてしまう。家にある傘は捨てる前に、直せないか持ってきてくださいね」。娘さん二人が結婚して後継者がいないのは寂しいが「身体が続く限り、静かにやってゆきたい」と傘を愛してやまない鎌田さんだった。 ハマヲ洋傘店 三鷹市下連雀3-23-10 TEL:0422-43-1666 (取材担当 ほのぼのマイタウン)
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